マネーとは幻想である




我々は人生の大半をマネーを稼ぐこと、それをどう分配するかに費やしている。しかしそもそも「マネー」とは何だろうか?資本主義社会において、マネーは個人のスコアであり、生命維持に不可欠なストックとも言える。当然のことだが、お金が無ければ食料を買うこともできず、住み場所も確保できず、インターネットで情報を得ることもできない。だが、人間以外の生物はマネーを利用することなく、生命活動を維持している。

しかし、お金とは人間が進化の過程で獲得した「共同幻想」であり、自然界には存在しない価値観を生み出したのである。今回は、人類が「お金」を生み出した過程と、物質的な価値を持たない「貨幣」について論じてみたい。今回の記事は、ぜひとも手元に「1万円札」を用意して読んでほしい。



《お金の誕生とその歴史》 
人類はその昔、採取した木の実、魚、肉、黒曜石などによって生活物資を補い、余った物資については他の部族と物々交換を行なっていた。だが、交通網や貯蔵技術が整っていない時代においては、食料の保存期間は短く、交換を行う前に腐らせてしまう可能性があった。また、自分が提供したい物資が魚であっても、相手が魚を望んでいるとは限らず、交換が成立しないケースも多々あっただろう。


そのため、物々交換には自分と相手にとって有益性を持ちながら、ある程度の保存性を持つ物資が用いられた。例えば黒曜石、家畜、土器、穀物、塩、毛皮、織物、宝貝、装飾品などが該当する。しかしこれについても破損や劣化の危険性があるため、最終的に「貴重価値」「保存性」 「分配容易性」を持つ金属(金、銀、銅)に落ち着いた。

 

金属は火にかけることで溶解する上に、刻んで再加工することが容易であり、自然界に少量しか存在しないために希少価値を持ち、独特の光沢を持つ神秘性などから価値の象徴となった。しかし、金や銀の価値は純度や重量によって変動するため、取引の際には「秤量」が不可欠であった。そのため、権力者(国王)が金属の品位や量を保証し、自らの肖像を刻み込ませた「コイン(鋳造貨幣)」が誕生した。国民は国家によって保証されたコインを信用し、取引に利用した。そのため、コインの偽造は国王への反逆と見なされる重罪であった。


このようにして誕生した「お金」によって、人類は非効率な物々交換によって成り立っていた市場を効率化することに成功した。だが、この時点で「お金を創造する者、お金を利用する者」という主従関係が成立したとも言える。(しかし、以下で解説するように金属的な価値を持つコインは、より価値が低い現代の額面コインと比べるとマシなのかもしれない。)



《紙切れをマネーに変えた錬金術師》

錬金術師と聞けば、「ハリーポッターと賢者の石」「鋼の錬金術師」などのフィクション、あるいはアイザックニュートンなどの科学者を連想する人が多いだろう。錬金術の最終目的は人間に不老不死の能力を与え、鉛を金に変える「賢者の石」を錬成することであった。無論、原子が発見された現代では過熱や合成によって金を生み出すのは不可能であることが判明している。だが、物質的に何の価値を持たない紙切れから、マネーを生み出した錬金術師が存在したと知れば驚くだろう。


時は大航海時代。ヨーロッパの船乗りと商人達は、「インド・東南アジア・アフリカ・アメリカ大陸」から大量の金や銀、香辛料を自国に持ち帰ることで莫大な富を築いた。だが貿易によって獲得した財宝は、略奪や盗難の危険性を孕んでいた。そこで富豪は金細工師(Goldsmith)に目を付けた。ゴールドスミスは貴金属の加工を生業とすることから、金(ゴールド)を保管する頑丈な金庫を保有していたのだ。(両替商なども頑丈な金庫を持っていた)




富豪達は、財産(金、銀、金貨など)の保管をゴールドスミスに委託し、ゴールドスミスは財産を預かった証明として「預かり証(金匠手形)」を持ち主に発行した。この預かり証によって、金が必要な時はゴールドスミスを訪れ、必要な量の金を引き出すことができた。やがてこのシステムが徐々に普及すると、人々に毎回金庫から財産を引き出さずとも、「預かり証を通じて取引を行った方が効率的」であることに気が付いた。つまりキリの良い金額で財産を預け、その預かり証を他人への支払い手段として利用することを思いついたのだ。


そして、実際に「預かり証」は他人への譲渡が可能となり、ゴールドスミスを信用する人々の間で紙幣として利用されたことから、彼らの「預かり証」は銀行券の原型とされている。やがてゴールドスミスは銀行としての役割を担おうと、自らが発行した「預かり証」について、遠方の銀行や両替商に連携を求め、「預かり証」を相互に受け入れるように呼びかけた。やがてこれが実現すると、遠距離や国家間を移動する人々が安全に資産を運搬することが可能となり、「預かり証」の利便性はより高いものとなった。


しかしあるとき、金細工師達(銀行家)は重大な事実に気付いた。人々は預かり証による取引があまりに便利すぎたおかげで、「金庫に預けている金をほとんど引き出しに来ない」のであった。そしてゴールドスミスは、ニコラス・フラメルにも発見できなかった「重大な事実」を発見する。それは「金庫に保管されている金貨、あるいはそれを担保にした紙幣(預かり証)を第三者に貸し出す」というものであった。


つまり、彼らの手元にある金庫に保管されている金は、その大半(およそ9/10)が引き出されずに滞留している。そのため、金庫に預けられ続けると想定される数量分については、ただ眠らせておくよりも、誰かに貸した方が得だと考えたのである。

そしてゴールドスミスは、本来は他人に所有権がある「金貨(タンス預金)」を担保にし、新たな「預かり証」または「金貨そのもの」を、利子を付けて第三者に貸与したのである。負債を抱えた第三者は利子を付けて返済するため、回収さえ出来ればゴールドスミスの資産はより増幅する。

さらにゴールドスミスは、貸し出した資金を再度、自らの金庫に預けさせることで、まったく新しい「預かり証」を発行した。このような派生的預金は、「実態の無い帳簿上のマネー」を大幅に膨らませた。これにより、預かり証の総発行金額は、実際の金庫に預けられている金額よりも何十倍にも膨らんでゆく。これは詐欺的行為のように思えるが、他人の資金を利用して、無からマネーを創造する錬金術とも言えるだろう。





《現代に引き継がれる錬金術》

このシステムは現代では「信用創造」と呼ばれ、現代の銀行もこの仕組みによって利潤を得ている。「信用創造」の仕組みを分かりやすく解説しよう。例えば会社を設立するために「ヘブライ銀行(仮)」から資金を借りる場合、通常は換金可能な担保を要求され、先に担保を銀行に預ける。そして融資を受けることに成功した場合でも、債権者はなぜか出資者であるヘブライ銀行に口座開設させられ、出資された資金もヘブライ銀行(出資者)の口座に預金される。これはなぜかというと、「預金準備率」という法律で定められた制度があり、銀行は貸し出し金額に対して一定の割合(通常0.05%~1.3%)を手元に残しておく必要があるからである。

この「預金準備率」という制度について詳しく解説しよう。ここでは分かりやすくするために、預金準備率が10%あるとして考えてみよう。この場合には、ヘブライ銀行が融資希望者に1000万円の資金を貸し出す場合でも、手元の口座には100万円(10%)の現金しか保管する必要(義務)がない。なお、この100万円については予め一般の預金者や、負債者の担保によって事前に準備しておく。このシステムの何が恐ろしいかと言えば、ヘブライ銀行が手元に「100万円」しか持っていないとしても、「900万円」が不足しているはずなのに「1000万円」を貸し出すことが可能となることである。

つまり900万円については、融資した企業にヘブライ銀行の口座を作らせ、そこに「数字」を書き込むだけで、あたかも1000万円が存在するかのように扱われるのだ。さらに、1000万円の出資金をヘブライ銀行に預金させる場合、元々の100万円と、新たな1000万円が両方とも存在すると扱われ、ヘブライ銀行の帳簿上の資産は「1100万円」に増幅するのだ。つまり、実際には存在しない帳簿上のマネーが生み出され、新たな資産でさらに融資を行うことで、マネーを何十倍にも増やすことができる。

このようにして、銀行は現金を引き出さない預金者から極めて低い利子率でお金を預かり、「他人のお金」を別な顧客に、「住宅ローン、クレジットカード、企業向け融資」と言った形で高金利で貸し出す。銀行は手元に最低限の資金を滞留するだけで、実際には存在しないマネーを生み出し、又貸しを行うというデリバティブのような仕組みによって金儲けをしている。

だが冷静に考えれば、銀行内にマネーは一定数しか保管されておらず、預かり証を持つ預金者が大挙して引き出しを求めれば、銀行はこれに応じることができず破綻してしまう。これが取り付け騒ぎと呼ばれるもので、過去の歴史においても実際に何度も発生している。しかし、存在しないマネーを生み出すことは、市場における貨幣流通量(マネーサプライ)を増加させ、経済を活性化させる原動力となる。仮に現物資金でのみ、融資や起業が行えなかったとすれば、町に存在する店舗や工場の数は、今よりずっと少なかったであろう。そのため、中央銀行は貨幣流通量を調整することで国家の経済活動を管理している。





《紙幣はAmazonギフト券となった》

このように銀行券や銀行制度は、錬金術のような摩訶不思議なシステムによって成り立っている。だが、市場に出回っている金額よりも保管されている資金が少ないとしても、紙幣(預かり証)を持っていけば金や銀と交換してくれる。このような紙幣を「兌換紙幣」と言い、アメリカや戦前の日本において発行されていた。これとは反対に金や銀との交換義務のない紙幣を「不換紙幣」と言い、政府の信用によって流通されるものである。このような制度を「管理通貨制度」と呼び、日本では世界恐慌などが原因となり1942年にこの制度に移行した。


そして第二次世界大戦末期、世界の覇権を握ったアメリカが中心となりIMF(国際通貨基金)が創設された。そして世界経済はIMFのもと、「35USドル=1オンス」というアメリカドルを基軸通貨としてブレトンウッズ体制に移行した。この時点では35ドルをアメリカに持ち込めば1オンス(約31g)の金と交換できるという兌換紙幣であった。


しかし、アメリカはベトナム戦争への介入や、公共事業への投資により大幅な財政赤字を抱えることになる。やがて国際収支の悪化に伴い大量のドルが海外に流出した。アメリカは金準備量をはるかに超えたドル紙幣を発行の発行を余儀なくされ、1971年ついにニクソン大統領が金本位制の停止を発表する。これが有名なニクソンショックである。


この金本位制の崩壊によって、唯一の兌換紙幣として認められたドル紙幣が、金との交換価値を失った。これに伴い、ドルと交換できる世界中の通貨も、金との交換価値を失う事になった(もちろん金地金を購入できない訳ではない)。これは全ての通貨が国家の信用によって流通する「不換紙幣」になったことを意味し、ただでさえ預かり証のような存在であった通貨が、いわば「デパートが発行する商品券」のような存在となってしまった。

 

現代においてはSuicaやnanacoのような電子マネーが利用されているが、インターネット上ではAppleが発行する「iTuneカード」、Amazonが発行する「Amazonギフト券」が通貨のような支払い手段として流通している。しかも、Amazonギフト券はAmazon上の商品を購入することしかできないが、ありとあらゆる商品が購入可能なため、個人間での商取引においても利用されている。これはAmazonの信頼性とギフト券の利便性によって巻き起こった現象である。

さらに、現実世界の店舗においてはSuicaやEdiと言った電子マネーで決済を行うことが可能である。もし実店舗やオンラインも含めた全店舗で、Amazonギフト券が決済手段として認められれば、これは完全に通貨としての機能を持つ。そして、逆の視点から考えて見ると、むしろ兌換機能を持たない紙幣こそがAmazonギフト券のような商品券であると言えるのではないだろうか?


本来は紙切れに過ぎない商品券(銀行券)は、紙幣の価値を認める全ての国民によって初めて機能している。つまりシステムに参加する各個人が、「誰もが紙幣の引き受けを拒否せず、紙幣の価値は半永久的に維持されるだろう」という共同幻想を信じることで成り立っているのだ。



《商品券に一生を捧げる現代人》

このように、マネーの歴史や成り立ちを見て見ると、目の前にある紙幣や硬貨に対する価値観が変わる。お金とは本来価値の無いものを、全世界の人々が幻想を共有することにより成り立っており、銀行においては帳簿上に存在するはずのお金は物理的に存在していない。だが、我々は人生の大半の時間を、この商品券を獲得することに費やしている。


人によっては商品券を得るためギャンブルに没頭して多額の借金を抱えたり、追い詰められ、生命保険に加入して自殺するような経営者も存在している。だが人間の肉体は預金口座とは連結しておらず、口座残高が0円になった途端にウッ・・と苦しみだして死ぬ人間など居ない。お金を失う恐怖や絶望感で自殺する人間は居るが、それはお金に対する認識によって引き起こされたのであって、正確にはお金が原因では無いのだ。



そうは言っても、お金があれば人間の欲求を満たす様々なモノを購入することが出来るし、生命を維持するためのランニングコストとして一定のお金は必要である。金銭教育を重視してきたユダヤ人の格言にも「金銭は機会を提供する」「家の中に金があれば、家の中に平和がある」というものがある。しかし、ユダヤ人はお金を極めて重要なものとしながらも、「金を失うのは人生の半分を失うことだ。しかし勇気を失うのは人生のすべてを失うことだ」「人は金銭を時間よりも大切にするが、そのために失われた時間は金銭では買えない」といった格言も残しているのだ。

また現代の資本主義社会では、金融経済(株・為替・デリバティブ市場)において、実体経済の12倍(8京円)ものマネーが流通していると言われている。こんな時代だからこそ、お金に対する価値観を見つめ直してみてはいかがだろうか?貨幣をあくまで商品券として認識し、時間とお金のトレードオフの中で、自身の欲求を満たし、最大の効用をもたらす行動を撰択しよう。


P.S
今回は国債と仮想通貨については取り上げませんでしたが、今後記事にしていきます。


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