ホモサピエンスはハクスリーの夢を見るか?

ユダヤ人未来学者:アルビン・トフラーは、1980年に出版した「第三の波」にて、コンピュータやインターネットによる情報革命を予言し、見事的中させた。21世紀の現代では、同じくユダヤ系科学者であるレイ・カーツワイルが「シンギュラリティ(技術的特異点」という概念を提唱し、近い将来 人工知能やコンピュータが人間の能力を遥かに超越し、SFのような世界が到来すると予言している。

00年代はインターネットの黎明期(普及期)であり、「攻殻機動隊」「マイノリティリポート」「マトリックス」に代表されるように、人工知能はあくまでSFの題材という扱いであった。しかし2010年代に突入した現代では、IBMの人工知能:ワトソンがクイズ番組「ジェパディ!」で人間の歴代チャンピオンに勝利し、Googleの人工知能:AlphaGoが世界トップレベルの囲碁棋士に勝利し、自動運転車技術が実用化されるなど、恐るべき進歩を遂げている。

そこで今回は 、テクノロジーが近未来において、どのような社会を実現するのかを整理することにする。



  
 【人工知能は統計解析に過ぎない】

冒頭で取り上げたように、人工知能(AI)が世界トップレベルのプロ棋士や、クイズ王に勝利したというニュースは全世界を驚かせた。AIが人間を超越し、支配圏を奪うという物語は「2001年宇宙の旅」「ターミネーター」「アイロボット」「マトリックス」「攻殻機動隊」などに代表されるように、我々の心に染み付いている。このようなSFのストーリーが頭に焼き付いてるからこそ、我々は人工知能が人間を超越する未来が容易に想像することができる。

しかし、人工知能がクイズ王や囲碁棋士に勝利し、画像の情景を言語化できたからと言って、人間の認知能力を超越することは本当に可能なのだろうか?現代の人工知能には「機械学習」と「ディープラーニング(深層学習)」の2つに分かれている。「機械学習」については、人間があらかじめプログラムした情報を用いて人工知能が分析を行うのに対し、「ディープラーニング」は人工知能が自らデータ分析の手法や着目点を学習するという違いがある。


しかし、いずれの場合でも膨大なデータを解析するのには変わりがなく、「人工知能」というよりは「統計解析」というのが正しいだろう。ビッグデータの中から適切なパターンや答えを導き出すのには特化しているが、その結論を生み出した過程のおける意味や、関係性を理解している訳でも、感情や嗜好を感じる訳でも無い。現在のAIは、人間が入力した統計情報の分析結果を出力するのに特化したプログラムであり、効率的に情報を解説するプログラムである。

そのため、出力された結果がどのような経緯によって判断されたのかは人間には理解できず、その意味づけを行うのは人間の仕事とされてしまう。我々人間は日常生活の中で、個人の嗜好や体調、非論理的な気まぐれによって物事を判断しているが、人工知能とされているものはプログラムされた効率的解析によってデータを判断している。これは人間が感情によって陥りがちな判断ミスや、無意識の願望によるバイアスを無視しているため、ある意味では効率的と言えるかもしれない。しかし人間は本来、非論理的な存在であり、感情によって突き動かされる動物である。

人間が完全に論理的であれば、満足する結果を得られるはずのカロリー制限や運動、勉強などを自ら進んで実行するはずであるが、自制できずにダイエットに失敗する人間が多いのは、人間が本来「非論理的な動物」であるからに他ならない。つまり、人工知能が人間以上に論理的に正しいデータを導き出したとしても、人間が感情レベルで行動を決定する動物である限り、人工知能がもたらす出力は無意味となるのである。人間は効率性よりも自らの習慣や感情によって行動を選択している。。



 【人工知能よりも脳科学研究が先決】

やはり、現在の人工知能のレベルは音声解析や画像認識など、特定分野での統計解析というレベルに留まっており、 未来予測や人間の感情と言った、複雑なデータを処理できる水準には達していない。そして、人工知能が「ドラえもん」や「鉄腕アトム」のような知性や感情を獲得(再現)するためには、まず人間の生体システムを完全に解明する必要がある。しかし、人間の脳には1000億もの神経細胞があると言われており、シナプス(神経細胞の接続)数ともなると、150兆にも及ぶ膨大なネットワークである。また、脳科学で用いられる測定道具については、脳神経細胞がある程度の活動領域を超えなければ脳活動を測定することができない。つまり微細な脳活動については、未だに未知の領域である。


これはfMRIを用いたとしても1つ1つの役割や繋がりを調べるのは非常に困難であり、Googleは「Neocortex Simulator」というプロジェクトで大脳新皮質をシミュレーションしようと躍起になっているが、人間の脳科学研究が進んでいない現状では実現するのは難しいだろう。人間の知性を再現するためには、先に脳科学研究が進歩する必要があるし、人工知能が人間を超えるとしても、ヒトの思考プロセスを完全に再現するのは不可能と思える。

だがもしも生化学や脳科学研究の進歩によって、脳の構造やニューロンの配置と仕組みが完全に解明されるのであれば、MITメディアラボの創設者であるニコラス・ネグロポンテが語るように、「情報を食べる時代」が訪れるかもしれない。また、当然のことながら脳と機械を繋ぐ「BMI(ブレイン・マシン・インターフェイス)」の技術もさらに普及するだろう。


【人工知能が人間をお払い箱に?】


 現在の製造業をみると分かるように、製造過程においては、ロボットが自動車やCPUと言った製品を製造している。また、交通においても「自動運転技術」が研究されており、コンピュータが路面状況を判断した上で自動運転を行なっている(お台場のゆりかもめは大分昔に実現していたけど)。さらに運送業においても、自動運転やドローンでの配送サービスが計画されており、人間の必要性は落ち込む一方である。


 このような現象は、過去(20世紀初頭)においても農業の分野で発生している。農業には、大規模な土地において機械的に作物を育てる「資本集約的農業」と、比較的小規模な土地において人間が手間暇をかけて育てる「労働集約的農業」の2種類がある。このいずれの場合においても、トラクターや化学肥料の開発、飛行機による農薬散布といった技術革新が人間の必要性を減らし、第1次産業への従事者を激減させた。(農業においては少人数での生産が可能となり、農村部の労働者が高給を求めて都市部の第2次産業に流出した)

しかし、我々人間の労働は、生産機械やコンピュータの進歩によって、生産率や効率性が大幅に向上したが、労働時間が短縮することは無かった。例えば製造業においては、生産性の向上が大量生産と単価を下げることに成功したが、労働者が1労働日あたりに生産する台数が増大しただけで、8時間労働が4時間労働に削減された訳ではない。IT産業においても効率化は実現されたものの、日々変化するテクノロジーは仕様変更の必要性を生じ、画像や動画などの高画質化(大容量化)は人間に求められる作業量を大幅に増大させた。

このように、機械化と効率化の流れが、人間の労働スタイルを変化させたことは事実である。しかし、それが人間にとって幸福であるかどうかは話が別である。例えば、現代においては「飲食・通信・金融・ゲーム・マッサージ」といった第3次産業が、日本の全産業の約75%を占めている。24時間営業のコンビニなどに代表されるように、サービス産業はより便利なサービスを追求することで、生活を便利にすると共に、労働者の肉体的・精神的負担も増大させている。現代社会ではこのようなサービス残業や長期時間労働が常態化し、仮にこれを法律で禁止した場合は、数多くの企業が倒産するだろう。

このように、未来においてテクノロジーが進歩し、業務が効率化したとしても、人間の負担は減るどころか、むしろ増加するように思える。例えば冒頭で紹介したIBMの人工知能「Watson」だが、日本においては「みずほ銀行」が既にコールセンター業務に導入している。これは顧客の音声通話をWatsonがリアルタイムで解析し、質問の意味を分析して適切な回答を表示するというシステムである。

オペレーターにとっては、ワトソンが画面上に提示した回答をクリックすることで、顧客への迅速な問題解決が可能となる。このシステムの導入により、1人の顧客に対する通話時間が減少し、オペレーターの養成期間も短縮されたという。正答率も85%にも及んでおり、人間がマニュアルやデータベースを参照するよりも、効率的に業務を行うことができる。


しかし、よく考えて見ると、業務における効率性は確かに向上したが、 1人あたりの通話時間が短縮されたということは、1日あたりに接する顧客の人数が増大するということである。これは人間の仕事を代替するというよりは、人間の業務量(生産性)を増加させるテクノロジーに他ならず、必ずしも人間の負担を軽減するものとは限らない。

またコールセンター以外にも、患者の症状から適切な治療法や薬を処方する「医者」や「薬剤師」のような仕事についても、人工知能が代替するといわれている。しかし、現状では人工知能はあくまで「検索エンジン」に過ぎず、膨大なデータベースから関連性の高い情報を引き出す事に特化している。あくまで最終判断は人間が行うため、人工知能はサポート役に過ぎない。

しかし、人間の補助をあまり必要としない「製造業」や「運送業」と言った職業については、かつて農業が辿ったように、テクノロジーの進歩よって人間が淘汰される時代が訪れるかもしれない。だが、過去に発生した農耕革命、産業革命、情報革命においても奴隷や労働者が搾取から解放されることは無かった。つまり人間に残された業務が効率化したところで、労働者の幸福度が向上するとは限らないのである。

 



【人間の機能を拡張するテクノロジー】


むしろ人工知能やテクノロジーの進歩は、人間の役割を奪うのではなく「機能を拡張する道具」として機能するように思える。例えばAR(拡張現実)は、現実世界に情報をマッピングすることにより、視覚情報を強化することができる。この技術を応用すれば、工場生産における動線の効率化、3D設計における実物のリアルタイム表示、自動車や歩行者のナビゲーションシステムへの利用、デスクワークにおけるサブウィンドウ、ゲームや映画などの娯楽産業、などに活用することが可能である。

VR技術についても、WEBカメラとマイクで行なっていたオンライン会議を、バーチャル空間での会議に置き換えることができるし、アバターを利用すれば、自宅に居ながら寝間着姿で重要な会議に参加することができるかもしれない。また、Watsonのような人工知能が我々の日常生活に浸透し、消費行動や余暇の過ごし方に影響を与えるかもしれない。将来的には、パートナーや学校選択、就職活動においても人工知能によるマッチングサポートが当たり前のようになる時代が訪れるのだろう。

また、我々が普段利用している「スマホ」「タブレット」「パソコン」と言った電子機器以外にも、「ジーンズ」「メガネ」「靴」「腕時計」「冷蔵庫」「洗濯機」「掃除機」「クーラー」「お風呂」といった衣類や家電についても電子化され、インターネットに接続され、動作や情報を管理できる「Iot(Internet of Things)」も普及するだろう。

「Iot」が実現した未来では、このような生活が実現しているだろう・・・。

サラリーマンのAさんは会社に居ながらにして、帰宅時間に合わせて家のクーラーを起動。乗り物についても、最も空いている交通手段が自動検索され、スマートウォッチが案内してくれる。自動運転タクシーに乗りながら、お酒を飲みたいと思ったAさんは、Iot機能が搭載された冷蔵庫内の食材をチェックする。しかし、人工知能がウェアラブルから取得した健康情報を元に、「今日のビールは1杯で我慢することをおススメします」とアドバイスする(笑)。帰宅したAさんは冷蔵庫に下着を放り込み、洗濯/乾燥/折畳みが済んだ衣類をクローゼットに収納する。人工知能の助言通り、ビールを1杯だけ飲んだAさんは、ビールとおつまみの残りが少ない事に気付き「AmazonDash」ボタンで食材を注文する。

このように、全ての情報がネットワークで繋がり、効率的な生活を行える社会がすぐそこまで来ているかもしれない。しかし、「Iotの情報」はありとあらゆる個人情報をインターネットで共有するものであり、収集された情報はビッグデータとなり、企業のマーケティングに利用されるだろう。実際に家庭用ロボット掃除機「ルンバ」で有名なiRobot社は、家庭内の地図データをGoogle・Apple・Amazonに販売する計画があることを認めている。Iotが進んだ社会では、便利な生活と引き換えに個人のライフスタイルを企業に提供しているのだ。(Tポイントカードも同様の仕組み)

また、人間の脳にコンピュータを埋め込むデバイスや、脳をインターネットに接続するという「電脳化」や「BMI」が注目されている。調べたい情報を想像するだけで瞬時に検索できたり、多言語を一瞬で翻訳することができれば、人間が学習を行う意義が半減するだろう。また、ナノマシンを体内に注入すれば、「Iot」を生体内に持ち込むことが可能となり、まさに「攻殻機動隊」や「メタルギア」のような世界が実現する。

 

しかし、電脳化技術や「Iot」を普及させる上で障害となるのが「プラットフォームの分散化」「セキュリティとバグ」の問題であるだろう。 現在においても、パソコンやスマートフォンにおいて「Mac/Windows/Linux/iOS/Android」「AppStore/PlayStore」 「C/JAVA/Python/PHP/C++/C#/JavaScript/COBOL」など、OSやプログラム言語が、さまざまなプラットフォームに分裂している。おそらくAIや電脳化時代においても、個人によって利用するプラットフォームは異なるだろう。

基本的にはそれぞれのOSやデバイスには互換性が無く、同じOSによってアップデートにより、動作に不具合が生じることが多々ある。独立した機械であるスマホやPCにおいてもこのような現状である以上、体内に直接コンピュータや機器を装着するのは危険である。これが電脳化技術のように、「意識や行動を制御する臓器」に直結させるレベルのものであれば、ハッキング(クラッキング)により人間を死に至らしめる事も可能になるかもしれない。

実際にイスラエルに本拠を置く「Karamba Security社」は、自動運転車やコネクテッドカー用のセキュリティソフトを開発しており、システムをハッキングから守るためのソフトでビジネスを行なっている。やはり、lotや電脳化技術が普及する過程では、必ず技術を悪用する人間が現れるだろう。そのため、悪意を持ったハッカーから身を守るセキュリティが整備されない限り、これらの技術が普及することはあり得ない。

だがこの問題をクリアしたとき、人間の思考能力・処理能力は飛躍的に向上するだろう。仕事における生産性も増大し、効率的な生活と、一生涯に経験できる体験も増加するはずだ。しかし、このようなソフトやデバイスは、高い利便性を生み出すために、非常に高価な代物となり、富裕層など一部の人間しか利用することができないかもしれない。そうなれば、富裕層と貧困層との間で所得格差がますます広がるだろう。



 【人工知能とオートメーション時代に生き残る職業】 

人間は過去の遺物となる?

ロボット製造機や自動運転車、人工知能が普及すれば人間の仕事は無くなってしまうのだろうか?しかし、実際には世界人口は増加の一途をたどっており、人間が機械よりも安いコストで仕事が行えるのであれば、お払い箱になることは無い。では、人間が機械よりも優位性を保てる仕事には何があるだろうか?分析することにしてみよう。

①家政婦
ロボット掃除機が実現している中で意外に思うかもしれないが、お掃除ロボットは平面の床を磨くという特定の作業のみしか行うことができず、風呂場や換気扇の掃除など、高低差や奥行きを持った空間を完全に清掃することは、技術的に困難である。また、洗濯や料理といった多種多様な業務をロボットに代替させるには、複数の設備を購入する必要があり、人間を雇った方が安い。

②ビル点検や設備点検を行うメカニック
ビルの点検や設備点検を行う仕事については、足場が不安定な場所や、狭い場所において作業をするケースが多い。また、点検箇所も複数あるおかげで、あらゆる情報や経験値が必要な職業となるため、結果的に人間を使った方が安く、安全性も高い。

③大工(建築業)
いまや3Dプリンターで家を建築する技術は存在しているが、住宅には窓枠や、襖、壁紙、上下水施設、電気配線といったような多種多様な組み立て工事が必要となる。これを機械で行うためには、各工程に合わせた複数のロボットが必要となり、各住宅に合わせたミリ単位の調整も行う必要が生じる。そのため、材料や素材については工場でロボット生産が可能かもしれないが、住宅の組み立てにおいては人間の能力が優っている。

④葬儀屋と宗教家
いくら人工知能やテクノロジーが進歩するとはいえ、宗教や葬儀がロボットに代替されることは無いだろう。むしろ情報化時代だからこそ、宗教や精神性を持った文化が重宝され、宗教家がテクノロジーに対する説法を行う時代になるはずだ。少子高齢化が深刻化する日本においては、成長産業と言える。

 ⑤AV女優
VRやAR時代には、アダルトコンテンツが洪水のように溢れるだろう。すでにVR AVが登場しているように、未来においては触覚や嗅覚を味わうことのできる、臨場感の高いAVが登場するはずである。生身の女性以上に性的快楽を提供できる女優が、未来において大スターとなるはずだ。

⑥ 映画監督/ゲームクリエイター/漫画家
人間が持つ感性や、過去に吸収した情報から、新しい創造物を構築する能力は、現在も人工知能が追いつくことのできない領域だ。レシピや音楽については新しい作品を生み出しているが、人間を納得させる水準には至っていない。絵画や音楽といった媒体の場合は、データの分析と組み合わせにより創造することができるかもしれないが、「ストーリー」「キャラクター」「美術」「脚本」「画面構図」「音楽」「プロモーション」といったように、複数のジャンルを組み合わせることは人工知能には難しく、まだまだ人間が勝る領域であるだろう。

⑦心理カウンセラー/接客業
「悩み相談や、接客は人間にしてほしい」という需要は絶えることが無く、心理カウンセラーや接客業は消滅することは無いだろう。しかし、デジタルネイティブ世代についてはインターネット上での友好関係や、Siriといった人工知能に対する抵抗感が無く、映画「her」のように、人工知能との愛情を育むかもしれない。いずれにせよ、未来のサービス業に求められるのは「人間らしい愛嬌」であるのは間違いない

 

⑧哲学者/作家/プログラマー
未来において人間は、人工知能では生み出すことのできない、「抽象度の高い概念」「定義が難しい情報」「数式化できない情報」などをアウトプットするように求められるだろう。単純作業が人工知能やロボットに代替される時代においては、人間は知的創造や芸術性を発揮することが重要となる。このような業務は、人によっては強いストレスを感じるだろうし、全人類が高度な創造性を強制されることになれば、精神的な負担はより一層高まることになるだろう。


【人工知能が富を生み出す?】


レイ・カーツワイルが予言したように、 コンピュータの処理能力は指数関数的に進歩を遂げ、やがて人間の知能を超越する「シンギュラリティ」が訪れるかもしれない。しかし、スパコンおよびAI開発者:齊藤元章が提唱しているような「富は人工知能が生み出し、人間は労働から解放される」といったような未来は本当に訪れるのだろうか?

彼らがいうには、人工知能が人間を凌駕する「シンギュラリティ」が実現すれば、核融合技術により発電コストが激減し、農業生産や工業生産は自動化され、生活コストがゼロに近い社会が実現するという。人間や物資の運搬は自動化された電車や自動車、ドローンなどによって行われる。そして人間は、人工知能が生み出した生産物を何の苦労もなく入手することができるというのだ。つまり、未来においては人々は労働に従事することなく、知的活動や芸術、娯楽を楽しむ夢のような日々を送るというだ。


これまるで、BI(ベーシック・インカム)が実現したような理想的な社会ではあるが、どこかリアリティに欠けており、グロテスクで違和感を覚える。まるで「1984」や「すばらしい新世界」と言ったユートピア小説を読んでいるようだ。だが人工知能が進歩したからと言って、生産設備を持つ人間は無償で商品を分配するのだろうか?そして、工場や農地については、一体誰が所有権を持っているのだろうか?誰が生産を管理し、メンテナンスを施し、休暇を取る権利はどのように与えられるのだろうか?

このような未来が実現するとしたら、社会システムは巨大なネットワークで結ばれることとなり、これを管理する組織が必要となる。そうなれば必然的に、プログラムの設計者や管理者に権力が集中することになる。スタンフォード監獄実験を例に挙げるまでもなく、人間は立場によって人格が変わる生き物であるために、分配の平等性が著しく損なわれる。資源の分配を握るほどの権力者となれば、優越感を得られる「良質な製品」はもちろん、性的欲求を満たすために「美女」を独占し、承認欲求を満たすために「自己宣伝」を積極的に行うはずだ。(昔、どこかの国で独裁者が行なっていたように...)


また、企業とは利潤を求める為に経営活動を行うものであり、効率的な生産技術が確立したとしても、人件費が削減され利益率が上昇したとしか思わないだろう。また、このような社会では、怠惰な人間は「フードスタンプ(アメリカの食料費補助対策)」のように利用するかもしれないが、人間とは他者との比較によって相対的に幸福を感じる人間であり、効率的に生産された画一商品に魅力を感じないだろう。

そして、仮にあらゆる生活物資や娯楽品が好きなだけ手に入ったとしても、人間とは「有るものを粗末にし、無いものを欲しがる」生物である。そのため、このような社会では、物質的な所有に魅力を感じなくなり、芸術や音楽、宗教と言った精神的な活動に傾倒していくはずだ。そうなれば、1970年代にブームを巻き起こしたヒッピー文化のように、LSDやマリファナと言った麻薬が常用される未来が訪れるかもしれない。



【ハクスリーが予言した効率的な近未来 -Dystopia-】 


ジョージ・オーウェルの「1984」と並び、ディストピア小説の代名詞と言われる「すばらしい新世界」。この小説は今回の記事で紹介したような、遺伝子工学、バイオテクノロジー、機械による大量生産、効率的な社会システム、が進歩した未来世界(ユートピア)を描いている。

この世界においては、子供は母親が産むのではなく、管理された生体工場において培養壜から赤ちゃんが”誕生”する。さらに生産過程においては、受精卵の段階で個体が優秀であるか否かが解析され、個体の優位性によって「社会階級」が定められているため、階級に従った育成過程が選別される。この社会階級は「アルファ(α)・ベータ(β)・ガンマ(γ)・デルタ(δ)・エプシロン(ε)」に分かれており、子供への教育は両親が行うものではなく公的機関によって管理されている。このおかげで人間は子育てから解放されたが、誕生時の優生学的選別により、人生と社会階級が決定してしまうという、恐るべき世界である。


上位階級(アルファα,ベータβ)の人間は幼少期から知的教育を施され、政府職員や大学教授など知識階級のエリートとして育成される。その一方で下層階級(γ、δ、ε)の人間は、生育過程において酸素供給量を減らしたり、血中にアルコールを投与することにより、知能や身体能力を意図的に下げられている。下層階級においては単純労働に従事させるため、知的な関心を持たないように洗脳(睡眠教育)が施されており、本を読んでも理解ができないように教育される。また、「エプシロンε階級」については、肉体労働に喜びを感じるように生産管理されている。上位階級は背が高く容姿端麗であり、下層階級は背が低く、容姿も醜いのが特徴である。


また、この世界においては消費に繋がらない活動は無意味とされ、文学や自然鑑賞といった娯楽は無意味とされている(触覚映画や芳香オルガンなどの娯楽は存在している)。さらに、政治や宗教といったイデオロギーは社会の不安定化をもたらす思想とされ、この世界においては存在しない概念である。しかし、人間の感情について完全に統制されているわけではなく、日常生活や仕事においては必ずストレスが発生する。そのため、この世界では「ソーマ」と呼ばれる、アルコールとマリファナ(正確には宗教の陶酔感と幸福感)を合わせた効果を持つ麻薬が日常的に摂取されている。人間はソーマのおかげで、うつ病などから解放され、ストレスフリーな近未来生活を謳歌している。


さらにこの世界においては、女性が日常的に避妊薬を摂取しており、出生については国家が管理しているため、結婚制度や家族制度が存在しない。そのため、フリーセックスが奨励されており、人々は誰とでも自由にセックスができる。しかし、女性は相手を自由に選択することができるため、セックスを求める相手は上位階級に集中し、階級の低い男性は女性から相手にされない。

この恐るべき未来はあくまでフィクションであるが、「サピエンス全史」に代表されるように、現在は既存の文化や社会システムに対する懐疑論が人気を博している時代である。例えば、藤沢数希は生物学と恋愛を組み合わせた「恋愛工学」の中で、動物界においては一部の優れた「アルファオス」がメスを独占しおり、人間社会の「結婚という制度」は「非モテ」がメスを独占するための制度であると主張している。

堀江貴文もトーク番組の中で、結婚制度にメリットは無いと発言し、既存の教育制度にも疑問を呈している。また、橘玲は著書「言ってはいけない 残酷すぎる真実」の中で、優生学を「エビデンスが存在する真実」として扱っており、遺伝子や人種による能力差について言及している。このような効率社会を求める意見が多数派となれば、近い将来、小説のようなユートピア社会が実現するのかもしれない。

また技術的にも、クローン技術や「CRISPR-Cas9」などによるゲノム編集は実現しており、「Biobag」と呼ばれる人工子宮にて羊の胎児を育成することに成功している。また、アメリカにおいて「マリファナ」の所持および使用が合法化され、麻薬による多幸感や陶酔感を国家が容認するという時代に突入している。


そしてこの物語では、未開文明で育った青年「ジョン」が、ディストピア世界との対比として登場する。彼は遺伝子的には上位階級の人間であるが、とある事故によって原始的な外の世界で育った為、ジョンは洗脳教育を受けていない。そして彼は偶然にも、内側の文明世界に連れ戻されることになるが、育った環境の違いから効率化された社会に反発し、原始的な生活に拘り続ける。(ネタバレとなるので結末は、あなた自身で確かめてほしい)

これまで色々なテクノロジーについて論じて来たが、おそらく未来においては、この小説のように、テクノロジーの進歩が我々が生活する社会を激変させ、後戻りできない「パラダイムシフト」が引き起こるだろう。そして新しい技術や社会制度は、徐々に我々の生活に浸透するが、中年期に変化が始まった人間と、幼年期から既に高度な技術が存在する中で育った人間とでは、社会システムに関する見方が異なるだろう。これは我々と未来の子供達の間に、ジェネレーションギャップを生み出すことになる。


例えば、我々の時代には、毎日決まった時間に目覚め、交通機関を利用して通勤し、決まった曜日に休む・・・というライフサイクルを繰り返している。しかし、未来においては決まった場所で業務を行う必要は無く、好きな時間に自宅やカフェで業務を行うのが当たり前になるかもしれない。むしろ未来の社会については、バックミンスターフラー博士が提唱した「エフェメラリゼーション」が実現しているかもしれない。この世界においては、長距離移動は石油資源を浪費するために規制され、人々の仕事はアイデアやセンスが必要となる知的生産がメインとなり、無駄に資源を消費しないため、自宅において勤務する。これが、未来の子供達にとっては当たり前となるかもしれないのだ。

しかし、このような理想的(?)な社会とは反対に、テクノロジーの進歩は経済活動における人間の存在意義を消し去り、余分な人口を減少させるために、付加価値を提供できない人間が抹消(淘汰)される時代が訪れるかもしれない。人々のヒエラルキーは明確化され、テクノロジーを駆使する人間や管理者が上流階級となり、テクノロジーに適応できない人間は上流階級に従う奴隷となる・・・。ハクスリーが小説に描いた世界が現実となるかもしれないのだ。


さて、あなたは今回の記事で取り上げた「人工知能 ・自動運転・産業ロボット・電脳化技術・ゲノム編集・情報薬剤」などが利用できる時代た実現するとしたら、それを受け入れるだろうか?先述したアップデートやプラットフォーム、セキュリティ上の不安などから、あなた利用を控えるかもしれない。しかしもしかすると、現在スマホやコンピュータを使いこなしている我々であっても、未来においては技術と社会の進歩について行けず、テクノロジーを使いこなすことができないかもしれない。

その時、物語における「ジョン」の立場に置かれた人間は、どのような社会生活を送るのだろうか?社会不適合者の烙印を押されるか、それとも不要な人間として排除されるのか?人間は史上初めて平等な社会を生み出すことができるのか、それとも完全な階級社会を生み出してしまうのか、未来は「その時」が来るまで、誰にもわからない。



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